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機動戦士Vガンダムに登場するカテジナ・ルースのセリフは、相手を見下して突き放す攻撃的な言葉と、戦争が終わったあとの力の抜けた一言との落差が大きいのが特徴です。
この記事を読むと、ウッソにナイフを突き立てた場面、味方と勘違いして近づいたフラニーを撃墜した直後、ウーイッグへ帰る途中のシャクティとの会話まで、それぞれのセリフがどんな状況で出たのかが分かります。
なお、セリフの表記は資料によって句読点や漢字、三点リーダーの書き方が少しずつ異なり、一字一句まで固まった形ではありません。
カテジナ・ルースの名言・セリフ一覧
カテジナのセリフには、戦場で相手を突き放す冷たい挑発と、戦いのあとにこぼれた弱い一言の両方があります。
甘いよねぇ、坊や!
カテジナがウッソの腰の左側にナイフを突き立てたとき、彼に向けて放ったのがこの言葉でした。
からかうような軽い口調と、人を刺すという重い行為がひとつの瞬間に重なっているのが、このセリフの怖さです。
序盤のカテジナは、ウッソを心配して戦争から遠ざけようとしていた側でした。かつて守ろうとした少年へ自分で刃を向けて笑っているのですから、甘いという評価は、昔の自分へ向けた皮肉のようにも聞こえます。
変わっていった理由として、家族との離別やクロノクルとの出会いを挙げる見方があります。
彼女の言葉には「クロノクルはあたしに優しかったんだ。それを!」というものもあり、優しくしてくれた相手への執着と、ウッソへの嘲りは、同じ人の中で表と裏になっていたのかもしれません。
※「クロノクルはあたしに優しかったんだ。それを!」は、「クロノクルは私に優しかったんだ! それを!!」と書く資料もあります。
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戦いをして犯した罪は償わなければならないのよ。

ウッソのVガンダムとの戦闘の中で、カテジナが口にしたセリフです。
罪を償えと迫るこの言葉は、償うべき罪を犯したのが誰なのかを名指ししていません。戦いの最中に言っている以上、その言葉は相手だけでなく、戦っている本人にもそのまま返ってきます。
カテジナがその矛先を自分にも向けていたのかどうか、言葉だけでは判断がつきません。
もし同じ言葉を戦場から離れた落ち着いた場面で言っていたら、ただの説教として聞き流されていたでしょう。
戦場で発せられたからこそ、相手を裁く言葉にも、自分へ言い聞かせる言葉にも聞こえる、二重の響きを持っているのだと思います。
正義を振りかざしているつもりの子供など…消えろ。
エンジェル・ハイロウの空域で、カテジナがゴトラタンに乗り、ウッソのV2ガンダムと戦っていたときのセリフです。
カテジナが否定しているのは、正義そのものではありません。正義を振りかざしているつもり、と言い換えることで、相手の信念を子供の思い込みへと格下げしているのが、この一言の芯です。
余裕の表れにも見えますが、私にはむしろ、相手の真っすぐさを正面から受け止めないための身構えに映ります。
相手を坊やと呼んで突き放す調子は、「来ると思ったよ。あまちゃん坊やは、この船が沈めば、この船もろともみんなが幸せになるんだろう!」という言葉にも表れていました。
※「来ると思ったよ。あまちゃん坊やは、この船が沈めば、この船もろともみんなが幸せになるんだろう!」は、「来ると思ったよ。甘ちゃん坊やは、この船が沈めば、この船もろともみんなが幸せになるんだろう!?」と書く資料もあります。
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い、いえね…冬が来ると訳も無く悲しくなりません?
戦争が終わったあと、カテジナがウーイッグへ帰る途中でシャクティ・カリンと出会い、その会話の中で出たセリフです。
このときのカテジナは、恋人も視力も家も失ったあとの姿でした。
記憶まで失っていたと書く資料がある一方、記憶が残っていたなら、目の前の相手がシャクティだと気づいて動揺し、それを誤魔化したのではないかと読む資料もあります。後者の読み方に立つと、冒頭の言いよどみが急に重く聞こえてきます。
ここには、あれほど断定口調で相手を切り捨ててきた人の面影がほとんどありません。
攻撃的なセリフを知っている人ほど、悲しさの理由を冬のせいにしてぼかすこの問いかけとの落差に、足を止めるはずです。

※「い、いえね……冬が来ると、訳もなく悲しくなりません?」「い、いえね…冬が来ると、訳もなく悲しくなりません?」と、読点や三点リーダー、訳もなくの表記が異なる資料もあります。
とち狂ってお友達にでもなりに来たのかい?アハッ。
味方だと勘違いして不用意に近づいてきたフラニー(フランチェスカ・オハラ)の機体を撃墜した直後、カテジナがあざ笑いながら口にしたのがこのセリフでした。
フラニーは実際に味方だと思って近づいてきたのですから、お友達になりに来たという言い方は、半分は事実を言い当てています。
その善意を見抜いたうえで笑い飛ばしているから、ただの悪口よりずっと冷たく響くのでしょう。
※「トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかぁい?アハッ!」「トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかいっ!?アハッ!」「トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかい? アハッ!」のように、カタカナや記号の使い方が違う表記もあります。
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いちいちこれ見よがしに強くなって現れる…可愛くないのよ。
大気圏突入の最中に、カテジナがウッソのVガンダムに取り付いたときのセリフです。
いちいち、という一語には、顔を合わせるたびに相手が強くなっていることへの苛立ちがにじんでいます。そのうえで締めくくりに選ばれたのが、怖い・憎いではなく、可愛くないという言葉でした。
敵の成長を、年上が年下を見るような目線で評しているところに、この人物の見下しと執着が同時に出ています。
もし相手を本当に取るに足らない存在だと思っていたなら、強くなったことにここまで反応する必要はありません。
可愛くないと言いながら、誰よりも相手の成長を見ていたのはカテジナ自身だったようにも読めます。
※このセリフを向けた相手は、ウッソとする資料とガンダムとする資料があり、表記が分かれています。
ギロチンはあなたたちのような人を黙らせるための必要悪と言うことも分からずに!
ザンスカール帝国の軍人となったカテジナの言葉です。誰に向けて、どの時点で言ったのかは、はっきりしていません。
軍人になってからのカテジナのウッソへの感情は、焦りや怒り、満たされない苛立ちを叩きつけるようなものへと変わっていきました。それまでカテジナを追う側だったウッソは、逆に彼女から執拗に追われる側になっていきます。
ギロチンを必要悪と言い切るこのセリフには、相手を黙らせる力を正しいものとして受け入れた側の論理が、そのまま出ています。
ここで相手は、名前を持った一人の人間として扱われていません。
あなたたちのような人、とひとくくりにして黙らせる対象に数える言い方は、罪を償えと迫ったセリフや、正義を振りかざす子供を切り捨てたセリフと並べると、一本の線でつながって見えます。
※「ギロチンは、あなたたちのような人を黙らせるための、必要悪だということもわからずに!」「ギロチンはあなたたちのような人を黙らせるための必要悪だと言う事も分からずに。」と、読点や漢字・かなの使い方が違う表記もあります。
| セリフ | 相手 | 場面 |
|---|---|---|
| 甘いよねぇ、坊や! | ウッソ | ウッソの腰の左側にナイフを突き立てたとき |
| 戦いをして犯した罪は償わなければならないのよ。 | ウッソのVガンダムとの戦闘の中で | |
| 正義を振りかざしているつもりの子供など…消えろ。 | エンジェル・ハイロウの空域で、ゴトラタンに乗りウッソのV2ガンダムと戦っていたとき | |
| い、いえね…冬が来ると訳も無く悲しくなりません? | 戦争が終わり、ウーイッグへ帰る途中のシャクティ・カリンとの会話の中で | |
| とち狂ってお友達にでもなりに来たのかい?アハッ。 | フラニー | 味方と勘違いして近づいてきたフラニー機を撃墜した直後 |
| いちいちこれ見よがしに強くなって現れる…可愛くないのよ。 | ウッソとする資料とガンダムとする資料がある | 大気圏突入中に、ウッソのVガンダムに取り付いたとき |
| ギロチンはあなたたちのような人を黙らせるための必要悪と言うことも分からずに! | ザンスカール帝国の軍人となってから |
カテジナ・ルースの名言・セリフまとめ
カテジナ・ルースの名言を並べると、ウッソを坊や・子供と呼んで見下す言葉、フラニーの善意を笑い飛ばす言葉、ギロチンを必要悪と言い切る言葉と、相手を突き放すセリフが大半を占めます。
そのどれもが、言葉そのものより、言った場面とのずれで記憶に残るものでした。
戦いのさなかに罪の償いを説いたり、可愛くないと言いながら相手の成長に誰より反応したりと、言葉と本人の立ち位置がどこか食い違っているところに、彼女のセリフの引っかかりがあります。
だからこそ、戦後のシャクティとの会話で言葉に詰まる一言が、それまでのどのセリフよりも重く響きます。
強い言葉の多さは、そのまま彼女が失っていったものの多さでもあったのかもしれません。
攻撃的なセリフだけを覚えている人ほど、冬の一言から逆にたどり直すと、カテジナという人物の見え方が変わってくるはずです。
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